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<ヴズール国際アジア映画祭参加記>

(造形教室主宰 安彦講平)

  この年になって私はマレな海外旅行をした。2008年1月末、フランスを6日間訪れた。真冬のフランスの寒さは厳しかったが、多くの熱い体験をした。〈造形教室〉に10年以上も通い、撮り続けたドキュメンタリ一映画『破片のきらめき~心の杖として鏡として~』が、ヴズール国際アジア映画祭で上映されることになり、監督・撮影の高橋愼二さんとともに参加した。仏題は「Le cri du Coeur」(“心の叫び”,あるいは“心情のほとばしり”の意)。 

 会期中、2回上映された。広い会場、大きなスクリーンの映像はとても鮮明、クリアな音響、そして、なによりも観客全員の熱心に見入る姿と映像が一体になって密度ある空間が醸し出されていった。上映が終わっても誰一人席を立つ人がなく、やがて拍手が沸き起こった。司会者の招きで私たちはステ一ジに立った。つぎつぎに質間、共感の言葉があがった。「素晴らしい映像」「絵がとてもよかった」「あなたはどうしてこのような仕事に携わるようになったのですか」「私はうつ病を体験した。勇気をもらった。ありがとう・・・。一人ひとりが感情をこめてまず白分のことを語り、そして問いかけてくる。アートの世界、心の病の間題は国境、国民性などのバリアを越えて一つなんだ、と確信された。私たちこそ大きな励みを与えられた。ホールを出ると、ロビーでも私たちを待ち構えている人たちが近寄ってきて、サインを求めてブログラムを差し出す人、高校生らしい若者は紙片にサインをしてほしいといってくる。そしてこんな走り書きの言葉を託した人も。「あなたたちの仕事に感謝をこめて、あなたたちのために一言、“濡れた小石の上にほほ笑みが滑る(横切る,移ろうの意も)”」 これは、フランス語版即興短歌のようで、とても心情こもっていて感慨深い。握手、両手を抱きかかえられたり、いや、これこそ国民性の違いかな、身体を引き寄せられ、左右に頬ずりされ、私はぎこちなくなされるがままにするしかなかった。それにしても、2回の上映を通して感じたことは、観客の一人ひとりが的をしぼり、ぜひ自分はこの映画を観たかった、という期待感、積極的な姿勢、息づかいが生で伝わってきた。このような人たちにこそ観て欲しかった。出会えてよかった。これからもフランスに限らず、イタリア、ドイツ・・・ そしてアジアの国の人々にこそ観てもらい、話し合っていけたら、と思う。フランスから帰ってすぐ、この映画にドキュメンタリー部門の最優秀賞が与えられた、という嬉しい追風が吹いてきた。

 「心に病を来たし社会から遠ざけられている人たちが芸術を通して真剣に生きている姿、彼らの友情を謙虚に撮影したこのドキュメンタリーは我々を心深く感動させるフィルムである。10年間に亘る敬虔なこの制作に対しヴズール市民はドキュメンタリー映画最優秀賞を授与する。」(F.テルアンヌ 映画祭会長の言葉)

 途絶えることのない戦乱とテロ、貧困と飢餓、アフガニスタン、シリア、そして中国やインドなど世界のはざまにあるアジアの状況を生々しくとらえた多くのドキュメンタリーの中で、特にこの作品が選ばれたのは、映画祭のあの会場での真撃な観客の姿勢、私たちに対して、ナイーブな心情を切々と語りかけてくれていたこのような反応もまた審査に大きな力を及ぼしていたと思う。先入観、既成の概念、価値観や制度の枠にとらわれない、生の、自然な感性こそアートの源泉であり原点なのだ。病や災厄などに遭遇し、その窮境のなかから、自らを支え、新たに生きるひとつの方法としてアートの力があったんだ。そのことがいまさらながら喚起、実感された。

<アトリエの中で見えたもの>    

(監督・撮影・編集  高橋愼二)

  1994年、自閉症の青年が創った切り絵がきっかけで安彦講平さんと出会いこの造形教室を知ることになりました。この造形教室は精神科病院の中にあります。(当初は八王子の高台にあった丘の上病院にあった)私は初めてその場に行った時、実に不思議な感覚にとらわれました。そこには無造作に置かれながらも強烈な光を発している作品群と共に、“心の病”を抱えた人たちの醸し出す不思議な優しさをもった空気が流れていたのです。この感覚は何だろう? この「不思議な空気」とは一体何だろう?そんな疑問を解くための私の造形教室通いが始まったのです。

 撮影を生業としている私ですが、当初、ここで撮影するということは考えられませんでした。カメラマンであれば興味のある対象にはすぐにでもカメラを向けたくなるものですが、ここでは初めは撮るということは出来ませんでした。精神科に通う人たちを撮ることの難しさ(症状との向き合い方やプライバシー問題など)も勿論ありますが、それよりも私自身の中で彼らを撮るということへの確固としたスタンスが見出せなかったのです。

 通いはじめて5年目に初めてカメラを廻す決心をしました。この造形教室が、現代社会では実に稀有な空間であるという事が徐々に見えてきたのです。これは記録しておく価値がある。そう決意してメンバーたちの許可をもらって彼らの活動を“記録する”という形で撮影を始めました。私がアトリエで最初に感じたあの「不思議な空気」の謎がカメラを廻すことによって見つけられるかもしれないと考えたのです。

 撮り始めると手応えを感じました。撮影を通じた彼らとの新しい関係が始まったのです。この映画は、あの「不思議な空気」とは何かを、このアトリエで描かれた数々の作品群と、そこに生きる人たちの日常の姿を通して見出そうとしたものです。

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